こんにちは、川端です🐤
この度25日の田島記念をもって選手として一区切りをつけることに致しました。長い間応援してくださったみなさん、ありがとうございました。
全日本実業団が終わってから、いろんな人の引退記事を探しました。引退ってどうやって決めたんだろう。と思って。でもザっとしか書いてないんですよね!!!書かないことが普通なのかもしれませんが、引退に悩んでいる、いつか悩むだろう誰かに届くように、そして自分の備忘録として、ここに記しておきたいと思います。
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「結果には未練が残るけど、選手としては十分経験できた」というのが率直なところです。この決断に至るまで、泣くほど悩みました。夢を追うより、諦めるほうがしんどいってこういうことなんだろうな。
とある日「惰性クラブ」という劇を観に行きました。そのとき「惰性」という言葉が妙にしっくりきてしまったんですよね。もちろん毎日一生懸命、全力で練習はしてましたが、学生~20代のときほどの熱量を持ち合わせていないことは薄々感じていました。あの日から私の気持ちは固まっていたのかもしれません。
まだ学生の頃、監督に「引退っていつ決められるんですか?」と聞いたことがありました。監督は「やりきったらじゃない?」と言われましたが、『選手としてやりきれたって思うとき来るの?』と当時は思っていました。でも今になってなんとなく分かる気がします。やりきれたとは結果だけじゃない。"練習したいことはたくさんあるけど、この年齢で、この体できることはやった”ということだったんじゃないかと思います。
職場でメールが回ってきて「あぁもう後戻りはできないな」とも思ったし、大学の監督には「よく頑張ったよ」と言ってもらえて、私の努力は報われたと思ったし、今日まで感情はだいぶ不安定でした。悲しいとか悔しいとか名残惜しいとかそれだけじゃない、言葉にはできない複雑な感情が常に私の中にあります。「Grief is the price we pay for love(悲しみは愛の対価)」エリザベス女王のこの言葉を借りて言うのであれば今のこの複雑な感情は愛の対価なのだと思います。
「人間万事塞翁が馬」といいますが、この出来事が将来的にどう転ぶかは予測できません。25日の大会を終えたあと、私の心境が、環境がどうなっているのかは分かりません。まあ、なんとかなるかな(気楽か)。実業団選手としては「引退」かもしれないけど、まだ走ってるかもしれないしね。高跳びやりたい。
ということで、25日の田島記念がラストレースとなります。このブログも田島記念の結果報告を最後にさせていただきます。湿っぽいのはキライでね(©ドクタークレハ/ONEPIECE)
最後に、どの試合にもほぼ応援にきてくれた両親。小学生のときに「パパもママもリレーの選手だったんだよ」とプレッシャーをかけた甲斐がありましたね(笑)20年間ずっと見続けてくれたのは2人だけです。応援しつづけてくれて、ありがとう。
近くで支えてくれた監督。高校の顧問は私と400mHを出会わせてくれて、大学の監督には技術はもちろん選手として大切なことを教えてもらいました。大4で勝ち取った苅部杯(関東インカレ女子400Hの優勝者に授与される杯)は私の宝物です。自身の監督の杯ですからね。オリンピックに出た先輩も後輩も持ってないものですからね!!(ドヤッ)
苦しい練習も楽しい時間も一緒に過ごしてくれた仲間たち。高校の陸上部は今でも仲良しで大好きな人たちばかりです。本当くだらないことばかりして、後輩たちに若干引かれながらも楽しく過ごせました。大学の陸上部はとにかく怖かった。でも今は大好きな仲間です。女子選手1人だったけど、楽しく陸上ができたのは、そしてここまで続けてこれたのは間違いなくみんなのおかげだと思います。
夜遅くまで対応してくださった治療院の先生方。大3からアキレス腱を痛めはじめ、結局最後まで治らず、お世話になりました。長野の治療院の先生は娘のように接してくれ、心細い長野生活も心強かったです。埼玉の先生は何人もお世話になっているのですが…みなさん良くしてくれて、合宿も日々の練習でも急なお願いにも対応していただき、ありがとうございました。
一緒に走ってくれた400mHの選手たち。先輩から同期・後輩までたくさんの人と走ることができました。大会で会えるのが楽しみでした!特にもえちゃんには大学に練習に行かせてもらったり(家も泊めてくれた)、修士論文終わらないって更衣室で話してたり、私の地元のコンビニで偶然会ったときは運命かとトキメキました♡(笑)みんな会った回数は少ないはずなのに、濃い思い出が残っている面々です。
そして、就職難民となっていた私を拾ってくれた会社。働き方から強化費まで色々ありがとうございました。大した結果を残せなかったことは申し訳なく思いますが、この会社に入って、選手としても社会人としても多くの経験を積むことができました。
ここには書けないくらいの多く方と、多くの思い出ができました。たくさんの出会いに感謝します。ありがとうございました。
えぇ、思うままに書いたら何言ってるのか分かりませんね、この文章。すいません。とにかく、田島記念は楽しんで走りたい!今、引退が惜しくなるほど調子はいいです!!!この間練習の5台目では練習PBが出ました(たぶん)!!!笑
最後まで、走り切ってきます!!!
走ることが大好き…なのか、もはや分からないくらい、陸上競技は私の一部でした。
ありがとうございました。



